今回は以下のような質問について検討します。
当社は、賃借人に対し、建物(本件建物)を賃貸しています。
ここ数年、賃借人は、常に家賃を1か月以上(平均すると2か月位)遅れて支払ってきていました。当社は賃借人に対し滞納を解消するよう毎月連絡していますが、賃借人は経済的困窮を理由として不規則な支払を続けています。
最近では3か月分の滞納となりました。
そこで、当社は、賃借人に対し、内容証明郵便(本件通知)により、滞納となっている3か月分の家賃を本件通知到達後7日以内に支払うよう催告するとともに、その期限内に支払がない場合には本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしました。
賃借人は、本件通知を受け取ってから6日目に2か月分の家賃だけを支払ってきて、1か月分の家賃不払いの状態で期限(7日)が経過しました。
このような状況下で、当社(以下「X」といいます。)は、賃借人(以下「Y」といいます。)に対し、上記契約解除を理由として本件建物の明渡しを求めることはできますか。
■ はじめに
ご質問の件(以下「本件」といいます。)のポイントは、本件建物の賃貸借契約は終了しているのか、すなわち本件通知による契約解除の効力が生じているのかという点です。
建物の賃貸借契約において、催告期間内に未払賃料の支払がなかった場合であっても、賃料不払が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があるときは、当該賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されない(最高裁判所昭和39年7月28日判決参照)と解されていますので、本件でも、このような信頼関係不破壊の事情の有無が問題となります。
また、本件の解除は、民法541条【※1】の規定を前提としたものと思われますので、本件通知の催告期間が「相当の期間」かどうか、「その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微」かどうかも一応問題となります。
【※1】民法540条、541条
(解除権の行使)
第540条 契約又は法律の規定により当事者の一方が解除権を有するときは、その解除は、相手方に対する意思表示によってする。
2 前項の意思表示は、撤回することができない。
(催告による解除)
第541条 当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。ただし、その期間を経過した時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微であるときは、この限りでない。
■ 検討
(1)本件通知の催告期間の相当性
まず、本件通知の催告期間が「相当」であったといえるのか検討しましょう。
民法541条の相当の期間については、債務者の個人的事情は考慮されず、債務の内容・性質等の客観的事情によって判断すべきです。
本件建物の賃料支払期限は契約で明確に定められているでしょうから、本来、支払期限が到来ないし経過している分については既に履行の準備を完了していなければなりません。その分(3か月分の賃料)の支払を履行するのに7日もあれば十分であり、その催告期間が不相当に短期間であったとはいえません。
したがって、本件通知に催告期間は「相当」であったといえるでしょう。
(2)信頼関係不破壊の事情の有無等
次に、信頼関係不破壊の事情の有無や民法541条ただし書の要件と関係を検討しましょう。
前述したように賃料不払が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があるときは、当該賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されません。また、催告期間経過時における債務の不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微である場合には解除が認められません。
本件についてみると、たしかに本件通知による催告期間経過時の未払家賃は1か月分となっており、一般的には1か月分の家賃支払を怠っただけでは信頼関係は破壊しないといえるでしょう。
しかし、Yは、ここ数年、常に家賃の支払を遅滞(平均すると2か月位遅滞)しており、Xからは遅滞を解消するよう連絡を受け続けていたにもかかわらず、一向に遅滞を解消しなかったという事実があり、本件通知によってもYの債務不履行は解消されていません。
また、Yの債務不履行に関し、特別の事情も見当たりません(なお、後述の「おわりに」参照)。もちろん、Xが、Yに対し支払を猶予したとか、Yによる分割払いを承諾したと思われるような事情も見当たりません。
そうすると、本件通知による催告期間経過時の未払家賃が1か月分であったとしても、その家賃不払がXとYとの間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があったとまでは認められないでしょう。
また、本件通知による催告期間経過時における債務不履行がその契約及び取引上の社会通念に照らして軽微である(民法541条ただし書参照)ともいえません。
(3)結論
以上の検討によれば、本件通知による契約解除の効力が生じていることは否定できないでしょう。
なお、仮に、契約解除の効力が生じた後において、Yから1か月分の未払家賃相当額の支払がなされたとしても、本件の事情のもとにおいては、その支払によってXとYとの間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があったとみることは困難でしょう(東京地判令和4年9月12日【※2】参照)。
したがって、Xは、Yに対し、契約解除(契約終了)を理由に本件建物の明渡しを求めることができると思われます。
【※2】東京地判令和4年9月12日(2022WLJPCA09128010)の要旨
建物の賃貸借契約において、催告期間内に未払賃料の支払がされなかった場合であっても、賃料不払が賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があるときは、当該賃料不払を理由とする賃貸借契約の解除は信義則に反し許されないと解するのが相当である。
そこで、かかる特段の事情の有無を検討する。
被告(賃借人)は、本件契約が令和3年5月29日に更新された後、本件契約に基づく賃料等を支払期限までに支払ったことがなく、令和3年8月頃から本件解除までの間、常に1か月分以上の賃料等の支払を遅滞していたといえる。この点について、被告は、被告(賃借人)が、管理会社を通じて原告に対し賃料等の支払予定を伝え、当該予定どおりに支払をしていた旨主張する。しかし、被告(賃借人)が、管理会社の担当者に対し、既に遅滞していた賃料等について支払意思がある旨や支払予定日等を連絡したことがあったとうかがわれるものの、原告や管理会社が、被告(賃借人)に対し、支払期限の延長を承諾したとか、その遅滞を宥恕したことまでを認めるに足りる証拠はない。
このように、被告(賃借人)による賃料等の支払の遅滞が長期間継続していたことに照らすと、本件契約が約7年10か月間にわたり継続したことや、本件解除がされた令和4年3月23日時点では未払賃料等が1か月分にとどまり、かつ、当該未払賃料等も本件解除の2日後に支払われたことその他被告が主張する一切の事情を踏まえても、賃料不払が原告と被告(賃借人)との間の信頼関係を破壊するものと認められない特段の事情があったとまでは認められない(なお、被告(賃借人)の債務不履行が軽微であったとはいえず、民法541条ただし書も適用されない。)。
■ おわりに
前提となる事実関係(事情)が異なれば、賃貸人の明渡請求が否定されることもあり得ます。
例えば、本件通知による催告期間経過時において、賃借人が2か月分の家賃のみを支払えばよいと考えたこと(1か月分の家賃を支払う必要はないと考えたこと)に相応の理由があった場合には、賃貸人の解除について認められないという結論になることもあり得ます(東京地判令和4年5月16日【※3】参照)。
一見似たようなケースでも、それぞれ事実関係が異なります。
事実関係が異なれば結論も変わり得ますので注意が必要です。
【※3】東京地判令和4年5月16日(2022WLJPCA05168013)の要旨
賃貸人は、本件解除の理由として賃料の未払いを挙げるところ、本件解除(令和3年2月9日の経過)の時点において、本件賃貸借契約上の約定に基づく解除権の発生要件である賃料の1か月分以上の支払懈怠があったことが認められる。
しかし、その懈怠額は、更新料を含めても賃料の3か月分相当額にまでは達していない。また、このうち、令和3年1月分及び同年2月分の賃料が未払いであることについては、賃借人である被告の側において、本来賃貸人の負担に帰すべき付属設備交換費用の償還請求権と相殺したという一応の理由があり、その理由は客観的には認められないものであり、賃貸人である原告による状況確認を経る前に交換を断行したことは相当性を欠く行為であったといわざるを得ないものの、専門業者2者からの交換の必要を指摘する意見を踏まえての行動であったことからすれば、これを一概に責めることも相当とはいえず、賃貸人である原告の側においても、これを受け入れた上で、被告(賃借人)との間で適正な償還額についての交渉をするなどの善後策を探ることも考えられないことではない。さらに、本件更新に係る更新料が未払いであることについても、先の3度にわたる更新の際にはいずれも更新契約が交わされて更新料の金額及び支払期日が定められていたのとは異なり、本件更新がこれらの契約を伴っていなかったことから、被告(賃借人)において本件更新については法定更新のため更新料の支払義務がないと誤解したとしてもあながち不当とはいえず、あるいは本件賃貸借契約における更新料及び自動更新の約定を単に失念していたという可能性もないではなく、いずれにしても被告(賃借人)において故意に更新料の支払を懈怠したとまでは認めることができない。そして、証拠によれば、被告(賃借人)は、原告に対し、令和2年1月29日に令和2年2月分の賃料の一部として1万4428円を支払った後、同年2月25日、同年3月25日、同年4月27日、同年5月25日にもそれぞれ1か月分の賃料相当額である5万5000円ずつを支払ったことが認められ、その後も各月分の賃料相当額を原告に対して支払い続けていることが推認される。
このような事情に鑑みると、被告(賃借人)による賃料等の未払いにより、賃貸借当事者間の信頼関係が契約解除を相当とする程度にまで破壊されたということはできない。
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