今回は以下のような質問について検討します。
私(X)が居住する建物の宅地の隣に賃貸マンションが建築されました。そのマンションの窓やベランダから私の家の中を見られる気がします。私は、そのマンションの所有者(Y)に対し、目隠し等の設置を請求することができますか。
■ はじめに
民法235条【※1】は、相隣者の目隠し設置義務について定めています。
ご質問(以下「本件」といいます。)のXさんの宅地(以下「X土地」といいます。)とYさんの建物(以下「Y建物」といいます。)の距離は定かではありませんが、仮に、X土地とY建物の窓やベランダとの距離が「境界線から1メートル未満」であれば、民法235条1項【※1】に基づく目隠し設置請求が考えられます。
【※1】民法235条
第235条 境界線から1メートル未満の距離において他人の宅地を見通すことのできる窓又は縁側(ベランダを含む。次項において同じ。)を設ける者は、目隠しを付けなければならない。
2 前項の距離は、窓又は縁側の最も隣地に近い点から垂直線によって境界線に至るまでを測定して算出する。
X土地とY建物の窓やベランダとの距離が「境界線から1メートル未満」であるかどうかは、Y建物の窓やベランダの「最も隣地に近い点から垂直線によって境界線に至るまでを測定して算出する」ことになります(民法235条2項)。
なお、民法235条1項の「宅地」とは、人が住居として使用する建物の敷地をいいます。
先に建物を建てていたかどうかで民法235条に基づく目隠し設置義務の存否が決するわけではありません。相隣者の互譲の精神からすれば、先に建物を建てていたとしても目隠し設置義務を課せられることはあります。
また、民法235条の要件が満たされれば、必ず設置義務を負わされるというわけではありません。請求者側の要求が「信義則」に反するとされるケースや「権利の濫用」として許されないとされるケースもあり得るでしょう(東京地判平成23年5月20日、さいたま地判平成20年1月30日参照)。
X土地とY建物の窓やベランダとの距離が「境界線から1メートル未満」の要件を充たさない場合には、民法235条に基づく請求は認められません。
そこで、Xさんとしては別の法的根拠(例えばプライバシー権や人格権を根拠とする請求)を検討する必要があります。
ただし、訴訟を視野に入れると、民法235条によらずにプライバシー権等を根拠として目隠し設置請求の認容判決を獲得するのは困難でしょう。
もちろん、XさんとYさんの任意の話し合いにより合意が成立すれば、その合意に基づく義務の履行として、Yさんに目隠し設置を求めることは可能です。その場合の注意点は後述します。
以下においては、X土地とY建物の窓やベランダとの距離が「境界線から1メートル未満」の要件を充たしていることを前提に、その他の要件及び効果を検討していきます。
■ 民法235条に基づく目隠し設置請求のための他の要件
(1)「他人の宅地を見通すことのできる窓」とは
民法235条1項が規定する「他人の宅地を見通すことのできる窓」とはどういう窓をいうのでしょうか。
まず、民法235条1項は、相隣者間の不動産相互の利用関係を調整することを目的とした規定です。
絶えず相隣者から私生活を眺められているような気持ちを抱かざるを得ないような状況において、当該相隣者に対して一定の配慮を求めるための義務を課したものですから、同項の「他人の宅地を見通すことのできる窓」とは、一般人が目隠し設置義務の対象となり得る建物等で日常生活を営むに際して、特別の作業等を要することなく、日常的な行動をしているだけでも容易に相隣者の宅地を見通すことができるような窓のことをいいます(東京地判令和3年3月18日参照)。
端的にいえば、他人の宅地を観望しようと思えば物理的にいつでも観望できる位置、構造の窓のことをいいます(さいたま地判平成20年1月30日参照)。
例えば、不透明な網入りすりガラスが使用されているとしても、引き違い窓であって開ければ容易に相隣者の宅地を観望できるようなものであれば、「他人の宅地を見通すことのできる窓」に該当するでしょう。他方、窓の下部のみが押し出され、全開することはできない構造の滑り出し窓であって、通常の状態では相隣者の宅地を観望することができないような場合には、その窓は「他人の宅地を見通すことのできる窓」に該当するとはいえないでしょう。
(2)「他人の宅地を見通すことのできる……縁側(ベランダ……)」とは
窓ではなく、ベランダの場合にはどうでしょうか。
民法235条1項にいう「ベランダ」に含まれるかどうかは、客観的に隣地を観望しうる設備といえるかどうか、同ベランダが建物の内部の延長というべき設備として居住者等が日常的・恒常的に隣地を観望しうる設備かどうかといった観点から客観的に判断されることになります(東京地判平成19年6月18日)。
例えば、建物の外壁に沿ってその外側に床面が張り出した部分であって、かつ、建物内部から出入りが可能である一方、手すり等により建物外部と区別され、通常の利用に当たっては外部からの出入りが予定されていない点で外部へ通じる通路と異なり、かつ、そのような構造の建物内部の延長部分として、種々の生活の用に供するために居住者等が滞留することができる建物の部分であれば、235条1項でいう「ベランダ」に該当することになります。
その部分は建物の内部の延長として、隣地の建物内を観望することができ、隣地建物居住者にとって他人から日常の私生活を眺められ、プライバシーを侵害されるなど精神的に平穏な生活を阻害されるおそれが大きいといえるからです(東京地判平成19年6月18日)。
(3)補足(廊下)
共用廊下についてはどうでしょうか。
民法235条1項において、目隠しの設置の対象が窓又は縁側(ベランダを含む。)とされた趣旨は、窓又は縁側(ベランダを含む。)が独立した単位の居住空間と外部との接点であり、居住の一環として隣接地を眺める居住者の視線が恒常的なものであるため、そのような視線から目隠しをもって保護することにあります。
共用廊下については、各居室の外部にあり、各居室の居住空間とは独立した通路であって、各居室を通過することなく外部から出入りすることが可能です。
仮にその廊下からX土地やX建物を見通すことができたとしても、独立した居住空間における居住の一環として恒常的に見通されることとはなりません。
したがって、このような共用廊下については、民法235条1項にいう縁側(ベランダを含む。)には該当しないという結論になります(東京地判令和2年2月7日参照)。
■ 民法235条の要件に該当する場合の効果(目隠しの設置について)
民法235条の要件に該当する場合、XさんがYさんに要求できる目隠しとはどういうものになるでしょうか。
まず、要求する立場のXさんとしては、設置してほしい目隠しの位置、大きさ、材質等を特定する必要があるでしょう(東京地判平成26年2月14日参照)。
ただし、実際に認容される目隠しとしては、観望を遮るに足るものとして必要かつ十分なものとなります。民法235条の効果として、必要以上の目隠し設置義務まで課すことはできません(東京地判平成19年6月18日、東京地判平成22年12月10日、東京地判平成24年6月21日)。
■ おわりに
XさんとYさんの任意の話し合いにより合意が成立すれば、その合意の効果として、その義務の履行を求めることは可能です(東地判平成19年4月27日)。
ただし、義務の内容(設置義務の内容)について具体的に特定しておく必要があります。
特定されていなければ、後日新たな紛争が生じることになりかねないので注意が必要です(東京地判平成15年11月26日・東京高判平成16年3月31日参照)。
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