■ はじめに
遺留分に関しては、①2019年(令和元年)6月30日までに相続が開始している場合と②2019年7月1日以降に相続が開始している場合とで、適用される条文(制度)が異なってきます。
①前者の場合には改正前民法に基づく遺留分減殺請求制度が適用され、②後者の場合には改正後民法に基づく遺留分侵害額請求制度が適用されます。
今回は、後者すなわち改正後民法に基づく遺留分侵害額請求権について説明します。以下に掲げる条文は特に断りがない限り改正後民法を指します。
なお、現在(2023年8月)においても、改正前民法に基づく遺留分減殺請求権が問題となることがあります。例えば、遺留分権利者が遺留分減殺請求によって取得した不動産共有持分に基づいた登記手続請求権は時効によって消滅することはないと解されています(最高裁平成7年6月9日判決)ので、遺留分権利者が10年以上前に行使した遺留分減殺請求権(形成権)により取得した不動産共有持分に基づいて、これから共有持分移転登記手続請求訴訟を提起することもあり得ます。
■ 遺留分とは
遺留分の意義については色々な説明の仕方があり得ます【※1】が、ここでは、①被相続人による財産処分について、②一定範囲の相続人のために制限される部分(一定の相続人の側からみれば確保される部分)と述べておきます。
【※1】話し手による「遺留分」の多義性
会話の中で「遺留分」という言葉が出てくるとき、後述の個別的遺留分率を指していることもあれば、個別的遺留分額を指していることもあります。場合によっては、侵害された遺留分額(遺留分侵害額)を指しているかもしれません。
■ 被相続人による財産処分について
前記の「被相続人による財産処分」については、遺贈【※7】、死因贈与(民法554条【※8】参照)、生前贈与(1044条)【※9】、負担付贈与および不相当な対価による有償行為(1045条)【※9】などが考えられます。
■ 一定範囲の相続人について
前記の「一定範囲の相続人」とは、被相続人の兄弟姉妹を除く相続人が該当します(1042条【※2】)。被相続人の兄弟姉妹は遺留分権利者とはなりません。
被相続人の兄弟姉妹を除く相続人が遺留分を侵害された場合には、後述の遺留分侵害額請求権を行使することができます。この請求権を行使できる者を遺留分権利者といいます。
誰に対して行使すべきか(請求の相手方)は後述します。
【※2】1042条
(遺留分の帰属及びその割合)
第1042条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第1項に規定する遺留分を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 3分の1
二 前号に掲げる場合以外の場合 2分の1
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第900条及び第901条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。
■ 遺留分侵害額請求権とは
遺留分権利者は、相続により取得する遺産(これが無の場合もあります。)の価額が、被相続人による遺贈や贈与等のためにその遺留分額に満たない場合、その額(遺留分侵害額)に相当する金銭の支払を相手方(受遺者または受贈者)に対し請求することができます。
この金銭支払請求権のことを遺留分侵害額請求権といいます(1046条1項【※3】参照)。
■ 遺留分侵害額の算定について
遺留分を侵害された人(遺留分権利者)をXとします。
Xとしては、誰に対し、いくらの支払を請求することができるかが重要です。
まず、Xとしては、自分の遺留分の侵害額を計算しなければなりません。
(1)遺留分侵害額の計算式
1046条2項【※3】に基づいた計算式は次のようになります。
Xの遺留分侵害額(1046条2項)
=個別的遺留分額(1042条の規定による遺留分)-遺留分権利者Xが受けた遺贈及び903条1項【※4】に規定する贈与の価額(1046条2項1号)-遺産分割の対象財産がある場合は遺留分権利者Xの具体的相続分に相当する額(同2号)+被相続人に債務がある場合は遺留分権利者Xが負担する債務の額(同3号)
【※3】1046条
(遺留分侵害額の請求)
第1046条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
2 遺留分侵害額は、第1042条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第903条第1項に規定する贈与の価額
二 第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第3項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額
【※4】903条
(特別受益者の相続分)
第903条 共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2 遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3 被相続人が前2項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
4 婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第1項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
(2)個別的遺留分額
上記(1)の計算式の中の「個別的遺留分額(1042条の規定による遺留分)」についての計算式は次のようになります。
個別的遺留分額(1042条の規定による遺留分)
=遺留分を算定するための財産(1043条1項)×〔総体的遺留分率(1042条1項)×法定相続分(1042条2項、900条、901条)〕【※5】
【※5】個別的遺留分率
総体的遺留分の割合(1042条1項)は、直系尊属のみが相続人である場合は3分の1となり、それ以外の場合は、2分の1となります。
相続人が数人いる場合の個別的遺留分は、上記の総体的遺留分を法定相続分に応じて分けることになりますので、「個別的遺留分率=総体的遺留分率×法定相続分」ということになります。
(3)遺留分を算定するための財産(1043条)【※6】
上記(2)の計算式の中の「遺留分を算定するための財産(1043条1項)」についての計算式は次のようになります。
遺留分を算定するための財産(1043条1項)
=被相続人が相続開始の時において有した財産(遺贈【※7】、死因贈与(民法554条【※8】参照)を含む)の価額+贈与した財産の価額【※9】-相続債務の全額
【※6】1043条
(遺留分を算定するための財産の価額)
第1043条 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額とする。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。
【※7】遺贈
遺贈とは、遺言によって財産を承継させることをいいます。ここでは、特定財産承継遺言による財産の承継や相続分の指定による遺産の取得を含んだ意味で使っています(1047条1項【※10】参照)。
贈与は契約であるのに対し、遺贈は遺言によって行う単独行為です。遺贈によって、相続人ではない人に財産を承継させることもできます。
遺贈を受ける人を受遺者といいます。相続人でない人が受遺者となることもあります。法人が受遺者となることもあり得ます。
【※8】民法554条
(死因贈与)
第554条 贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与については、その性質に反しない限り、遺贈に関する規定を準用する。
【※9】1044条、1045条
第1044条 贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、2年前の日より前にしたものについても、同様とする。
2 第904条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第1項の規定の適用については、同項中「1年」とあるのは「10年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限る。)」とする。
第1045条 負担付贈与がされた場合における第1043条第1項に規定する贈与した財産の価額は、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。
2 不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。
(4)詳細な計算式
上記(1)から(3)を合体させた詳細な計算式は次のようになります。
Xの遺留分侵害額(1046条1項)
=〔(被相続人が相続開始の時において有した財産(遺贈、死因贈与を含む)の価額+贈与した財産の価額-相続債務の全額)〕(1043条1項)×〔総体的遺留分率(1042条1項)×法定相続分(900条、901条)〕-遺留分権利者Xが受けた遺贈及び903条1項に規定する贈与の価額(1046条2項1号)-遺産分割の対象財産がある場合は遺留分権利者Xの具体的相続分に相当する額(1046条2項2号)+被相続人に債務がある場合は遺留分権利者Xが負担する債務の額(1046条2項3号)
(5)補足
1043条1項【※6】が規定する「遺留分を算定するための財産の価額」に算入されるべき「贈与」については1044条【※9】の規定が適用され、「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき」でない限り、時期的制限があります。他方、1046条2項1号の「第903条第1項に規定する贈与」【※4】については時期的制限がありません。
■ 遺留分侵害額請求権の行使の相手方(1047条)【※10】
遺留分侵害額請求の相手方は、遺留分を侵害する遺贈や贈与を受けた者です。相続人以外の者が相手方になることもあります。
遺贈や贈与が複数なされている場合、遺留分権利者は以下のような順で権利行使します(1047条1項)【※10】。
(1)遺贈と贈与がなされている場合
遺贈による受遺者が、贈与による受贈者より先に遺留分侵害額を負担します(1項1号)。つまり、遺留分権利者としては、まず受遺者に請求し、それでも遺留分侵害額に満たない場合に受贈者に請求することになります。
(2)複数の遺贈がある場合
複数の遺贈がある場合、遺留分権利者はその遺贈の目的の価額の割合に応じた額の遺留分侵害額請求権を行使することになります(1項2号本文)。ただし、遺言者がその遺言によって別段の意思表示をしているときは、その意思に従います(1項2号ただし書)。
(3)贈与が複数なされている場合
受贈者に請求する場合において、受贈者が複数いる場合には、後になされた贈与(つまり相続開始に近いほうの贈与)の受贈者が先に遺留分侵害額を負担することになります(1項3号)。つまり、遺留分権利者としては、相続開始に近い時期になされた贈与の受贈者から順に請求していくことになります。
(4)複数の贈与が同時になされている場合
複数の贈与が同時になされているときは、遺留分権利者は、その贈与の目的の価額の割合に応じた額の遺留分侵害額請求権を行使することになります(1項2号本文)。
【※10】1047条
(受遺者又は受贈者の負担額)
第1047条 受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第1042条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。
2 第904条、第1043条第2項及び第1045条の規定は、前項に規定する遺贈又は贈与の目的の価額について準用する。
3 前条第1項の請求を受けた受遺者又は受贈者は、遺留分権利者承継債務について弁済その他の債務を消滅させる行為をしたときは、消滅した債務の額の限度において、遺留分権利者に対する意思表示によって第1項の規定により負担する債務を消滅させることができる。この場合において、当該行為によって遺留分権利者に対して取得した求償権は、消滅した当該債務の額の限度において消滅する。
4 受遺者又は受贈者の無資力によって生じた損失は、遺留分権利者の負担に帰する。
5 裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第1項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。
■ 受遺者または受贈者の負担額の限度(1047条1項)【※10】
受遺者または受贈者は、遺贈または贈与の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担することになります。
ただし、受遺者または受贈者が相続人である場合には、当該相続人に対する遺贈または贈与の目的の価額から当該相続人の遺留分額を控除した額が限度となります。当該相続人も遺留分を有しており、その分は当該相続人の取り分として確保する必要があるからです。
■ 支払期限の許与(1047条5項)【※10】
裁判所は、金銭を支払うべきことになる受遺者または受贈者の請求により、その者が負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができます。受遺者または受贈者が支払原資を直ぐに調達できないことがあるからです。
■ 時効・除斥期間(1048条)【※11】
遺留分侵害額請求権(形成権)は、遺留分権利者が相続の開始および遺留分を侵害する贈与または遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは消滅します(消滅時効)。また、相続開始から10年が経過したときも遺留分侵害額請求権(形成権)は消滅します(除斥期間)。
なお、遺留分侵害額請求権(形成権)の行使により生じた金銭債権については通常の金銭債権と同様の消滅時効が適用されることになります。
遺留分に関する改正法の施行時期(2019年7月1日)と時効に関する改正法の施行時期(2020年4月1日)がずれていますので、この点は注意が必要です。
2020年(令和2年)3月31日までに発生している金銭債権については10年間の消滅時効となります(債権法改正前の民法167条1項)が、2020年4月1日以降に発生した金銭債権については5年間の消滅時効に服することになります(債権法改正後の民法166条1項1号)。
【※11】1048条
(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
第1048条 遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から10年を経過したときも、同様とする。
■ さいごに
遺留分権利者としては、誰に対し、いくら(金額)請求することができるのかが重要です。
いくら(金額)の計算はそれほど簡単ではありません。この金額(遺留分侵害額)の算定は、具体的な事例をもとに具体的な数字を当てはめて検討したほうが理解しやすいでしょう。
また、遺留分額侵害請求権については上記で述べたほかにも細かい論点があります。
具体的な事例をもとにした検討や細かい論点については別のサイトで紹介することとします。
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