今回は、以下のようなご相談について検討します。
本件マンションの管理組合(債権者)は、管理費等滞納者(債務者)に対し、管理費等支払請求訴訟を提起し認容判決を得ました。しかし、債務者は、支払を命じられた金員を支払いません。
債務者が居住する本件マンションの部屋(建物)には抵当権が設定されており、いわゆるオーバーローンとなっているため、当該建物について強制競売を申し立てても無剰余取消しになると思われます。
そこで、債権者としては、債務者の預貯金債権差押えを検討中です。
その前段階として民事執行法207条1項1号【※1】に基づいて債務者の預貯金に関する情報を取得したいのですが、この手続の注意点を教えてください。
■ はじめに
民事執行法207条1項は下記【※1】のとおりです。同条項が定めるとおり、預貯金に関する情報取得手続の申立ては、「第197条1項各号のいずれかに該当するとき」でなければなりません。「執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者」の要件は充たしているという前提で、いくつかの注意点を挙げておきます。
【※1】民事執行法207条
(債務者の預貯金債権等に係る情報の取得)
第207条 執行裁判所は、第197条第1項各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、次の各号に掲げる者であって最高裁判所規則で定めるところにより当該債権者が選択したものに対し、それぞれ当該各号に定める事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 銀行等(銀行、信用金庫、信用金庫連合会、労働金庫、労働金庫連合会、信用協同組合、信用協同組合連合会、農業協同組合、農業協同組合連合会、漁業協同組合、漁業協同組合連合会、水産加工業協同組合、水産加工業協同組合連合会、農林中央金庫、株式会社商工組合中央金庫又は独立行政法人郵便貯金簡易生命保険管理・郵便局ネットワーク支援機構をいう。以下この号において同じ。) 債務者の当該銀行等に対する預貯金債権(民法第466条の5第1項に規定する預貯金債権をいう。)に対する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの
二 振替機関等(社債、株式等の振替に関する法律第2条第5項に規定する振替機関等をいう。以下この号において同じ。) 債務者の有する振替社債等(同法第279条に規定する振替社債等であって、当該振替機関等の備える振替口座簿における債務者の口座に記載され、又は記録されたものに限る。)に関する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの
2 執行裁判所は、第197条第2項各号のいずれかに該当するときは、債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者の申立てにより、前項各号に掲げる者であって最高裁判所規則で定めるところにより当該債権者が選択したものに対し、それぞれ当該各号に定める事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない。
3 前2項の申立てを却下する裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
■ 注意点
(1)財産調査結果報告書等の作成について
前述したとおり、申立ては「第197条1項各号のいずれかに該当するとき」でなければなりません。
民事執行法197条1項各号については後記【※2】のとおりです。
1号は「強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったとき。」であり、2号は「知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき。」です。このいずれかに該当する必要があります。
本件においては、197条1項1号の要件を充たしていないでしょうから、2号すなわち「知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明」をする必要があります。
2号の要件を主張する場合には、「財産調査結果報告書」と「疎明資料」を準備する必要があります。
書式については、裁判所のWEBサイト【第三者からの情報取得手続を利用する方へ】をご参照ください。
【第三者からの情報取得手続を利用する方へ】
【※2】民事執行法197条
(実施決定)
第197条 執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 強制執行又は担保権の実行における配当等の手続(申立ての日より6月以上前に終了したものを除く。)において、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得ることができなかったとき。
二 知れている財産に対する強制執行を実施しても、申立人が当該金銭債権の完全な弁済を得られないことの疎明があったとき。
2~6項略
(2)財産開示手続前置の要否
本件は、預貯金に関する情報取得手続であるため、財産開示手続を前置する必要はありません。
ちなみに、不動産に関する情報取得手続【※3】の場合には財産開示手続を前置する必要があります(民事執行法205条2項【※3】)。
付言すると、勤務先に関する情報取得手続【※4】についても財産開示手続を前置する必要があります(民事執行法206条2項【※4】・205条2項【※3】)が、この手続の申立人は、扶養義務等に係る定期金債権(養育費や婚姻費用など)または人の生命身体の侵害による損害賠償請求権の債務名義を有する債権者に限られます(民事執行法206条1項【※4】)ので、マンション管理費等の債権者は、そもそも勤務先情報取得手続を利用することはできません。なお、(実効性はさておき)理論的には、債務者に対する「財産開示手続」(民事執行法197条)により、債務者から勤務先についての陳述を得る方法は考えられます。
【※3】民事執行法205条
(債務者の不動産に係る情報の取得)
第205条 執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、それぞれ当該各号に定める者の申立てにより、法務省令で定める登記所に対し、債務者が所有権の登記名義人である土地又は建物その他これらに準ずるものとして法務省令で定めるものに対する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるものについて情報の提供をすべき旨を命じなければならない。ただし、第一号に掲げる場合において、同号に規定する執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 第197条第1項各号のいずれかに該当する場合 執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者
二 第197条第2項各号のいずれかに該当する場合 債務者の財産について一般の先取特権を有することを証する文書を提出した債権者
2 前項の申立ては、財産開示期日における手続が実施された場合(当該財産開示期日に係る財産開示手続において第200条第1項の許可がされたときを除く。)において、当該財産開示期日から3年以内に限り、することができる。
3 第1項の申立てを認容する決定がされたときは、当該決定(同項第2号に掲げる場合にあっては、当該決定及び同号に規定する文書の写し)を債務者に送達しなければならない。
4 第1項の申立てについての裁判に対しては、執行抗告をすることができる。
5 第1項の申立てを認容する決定は、確定しなければその効力を生じない。
【※4】民事執行法206条
(債務者の給与債権に係る情報の取得)
第206条 執行裁判所は、第197条第1項各号のいずれかに該当するときは、第151条の2第1項各号に掲げる義務に係る請求権又は人の生命若しくは身体の侵害による損害賠償請求権について執行力のある債務名義の正本を有する債権者の申立てにより、次の各号に掲げる者であって最高裁判所規則で定めるところにより当該債権者が選択したものに対し、それぞれ当該各号に定める事項について情報の提供をすべき旨を命じなければならない。ただし、当該執行力のある債務名義の正本に基づく強制執行を開始することができないときは、この限りでない。
一 市町村(特別区を含む。以下この号において同じ。) 債務者が支払を受ける地方税法(昭和25年法律第226号)第317条の2第1項ただし書に規定する給与に係る債権に対する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの(当該市町村が債務者の市町村民税(特別区民税を含む。)に係る事務に関して知り得たものに限る。)
二 日本年金機構、国家公務員共済組合、国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合、全国市町村職員共済組合連合会又は日本私立学校振興・共済事業団 債務者(厚生年金保険の被保険者であるものに限る。以下この号において同じ。)が支払を受ける厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)第3条第1項第3号に規定する報酬又は同項第4号に規定する賞与に係る債権に対する強制執行又は担保権の実行の申立てをするのに必要となる事項として最高裁判所規則で定めるもの(情報の提供を命じられた者が債務者の厚生年金保険に係る事務に関して知り得たものに限る。)
2 前条第2項から第5項までの規定は、前項の申立て及び当該申立てについての裁判について準用する。
(3)預貯金情報取得手続の第三者(銀行等)について
預貯金情報取得手続の申立てに際しては、銀行や信用金庫などの金融機関が第三者となります(207条1項1号【※1】)。支店を特定する必要はありません(なお、債権差押命令申立ての際には支店まで特定する必要があります)。
1件の申立てにより複数の金融機関を第三者として申し立てることも可能です。ただし、第三者の数が増えるほど、申立人が予納すべき額(予納金)は増加します。
金融機関(第三者)から提供される情報は、預貯金債権の存否、預貯金債権が存在するときは取扱店舗・預貯金の種別・口座番号・額となります(民事執行規則191条1項)。
(4)預貯金情報取得後の債権差押命令申立について
預貯金情報提供命令(認容決定)に対しては債務者からの執行抗告が認められていません(なお、却下決定に対しては債権者から執行抗告が可能です。民事執行法207条3項【※1】参照)ので、預貯金情報提供命令(決定)は債務者に送達されません。
ただし、その命令(決定)に基づき第三者から情報提供されたときは、裁判所から債務者に対し、その財産に関する情報が提供された旨の通知(情報提供通知)がなされます(民事執行法208条2項【※5】)。
東京地方裁判所の場合、第三者から裁判所に情報提供書が提出された後1か月以上経過してから、債務者に情報提供通知がなされているようです。
債務者に情報提供通知がなされると、債務者は意図的に預貯金残高をなくするでしょうから、債権者としては、第三者(金融機関)から有益な情報を取得した場合、速やかに債権差押命令を申し立てるべきでしょう。
もちろん、第三者からの情報提供後(債権差押命令が第三債務者に送達される前)に、たまたま預貯金残高がなくなっており、その結果、債権差押命令が奏功しないということもあり得るでしょう。一応、そのようなこともあり得るということは念頭に置いておいてほうがよいでしょう【補足】。
【※5】民事執行法208条
(情報の提供の方法等)
第208条 第205条第1項、第206条第1項又は前条第1項若しくは第2項の申立てを認容する決定により命じられた情報の提供は、執行裁判所に対し、書面でしなければならない。
2 前項の情報の提供がされたときは、執行裁判所は、最高裁判所規則で定めるところにより、申立人に同項の書面の写しを送付し、かつ、債務者に対し、同項に規定する決定に基づいてその財産に関する情報の提供がされた旨を通知しなければならない。
【補足】不動産情報提供命令について
不動産情報提供命令(認容決定)は債務者に送達されます(民事執行法205条3項【※3】)。その認容決定に対し、債務者は執行抗告が可能です(民事執行法205条4項【※3】、民事執行法10条2項)。その認容決定は確定しなければ効力が生じません(民事執行法205条5項【※3】)。そのため、債務者が認容決定の送達を受けた後、(債権者が登記所から情報提供を受ける前に)、債務者が意図的に不動産を処分(名義変更等)する可能性も否定できません。
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