マンションの管理組合内部においては様々な文書が配付されます。
管理組合理事長から組合員に配付される文書はもちろん、場合によっては一組合員から他の組合員に配付される文書もあるでしょう。
このような配付文書の記載(表現)が、ある人の名誉を毀損したとしてトラブルになることがあります。
名誉毀損トラブルについては「弁護士平松英樹のマンション管理論」マンション内の人的トラブル(名誉毀損?)2013/2/26でも取り上げましたが、今回は、配付文書(公然性あり)の記載(表現)が原告の名誉を毀損する(社会的評価を低下させる)ことを前提に、訴訟において被告(文書配付者)が主張立証すべき違法性阻却事由(違法性の否定)について考えてみましょう。なお、故意過失の否定の論点は別で述べることにします。
■ 違法性阻却事由(総論)
「名誉とは、人がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価を指し、問題とされる雑誌記事の表現が人の社会的評価を低下させるものであれば、それが事実を摘示するものであるか、又は意見ないし論評を表明するものであるかを問わず、名誉毀損の不法行為が成立する」(東京地裁令和元年11月27日判決)といわれています。
そして、裁判所では下記の規範に基づいて違法性阻却に関する判断がなされます。
①事実を摘示しての名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには、その行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当であり、②ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、その行為には違法性がなく、不法行為は成立しないものと解するのが相当である。
以下、①事実を摘示しての名誉毀損の場合を「事実摘示型名誉毀損」といい、②意見ないし論評の表明による名誉毀損の場合を「意見論評型名誉毀損」ということにします。
■ 公共性・公益目的性
①事実摘示型名誉毀損の場合も、②意見論評型名誉毀損の場合も、違法性が阻却(否定)されるためには、「公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった」ことを主張立証する必要があります。
マンション管理組合内部の配付文書の場合、例えば、「マンションの管理運営という公共の利害に関する事実に係るものであり、かつ、その適正を図ろうという公益を図る目的でされたもの」(東京地裁平成26年7月11日判決)も、この要件に該当するといえます。
■ 真実性の証明
①事実摘示型名誉毀損の場合には、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明を、②意見論評型名誉毀損の場合には、その意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明をしていくことになります。
なお、①摘示された事実の些末な点が誤っていた(証明できなかった)としても、「重要な部分について真実であることの証明があった」と認められることはあるでしょうし、②意見ないし論評の基礎となった事実の細かい点が誤っていた(証明できなかった)としても、「重要な部分について真実であることの証明があった」と認められることもあるでしょう。
つまり、「重要な部分」が何なのかがポイントになってきます。言い方を変えると、裁判官が重要と考えている事実は何なのかを推理し、その事実を立証(証明)していかなければなりません。
ちなみに、「裁判所は、摘示された事実の重要な部分が真実であるかどうかについては、事実審の口頭弁論終結時において、客観的な判断をすべきであり、その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも当然に許される」(最高裁平成14年1月29日判決)とされており、また、意見ないし論評の前提事実の真実性についても「事実審の口頭弁論終結時において客観的に判断すべきであり、その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも当然に許される」(東京地裁令和3年2月5日判決)とされています。
付言すると、違法性阻却の問題である真実性の判断基準時と、故意過失否定の問題である相当性(真実と信ずるについて相当の理由)の判断基準時は異なります。故意過失の問題は、名誉毀損行為時の行為者の認識が問題となるため、相当性判断は、行為時に存在した資料や根拠が基礎となります。
■ 違法性が阻却されない表現(意見ないし論評としての域を逸脱したもの)
意見論評型名誉毀損が「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」である場合、違法性は阻却されません。そのような表現行為については故意過失を否定することも困難なので、結論として不法行為責任を免れないでしょう。
管理組合内部の配付文書において、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱した表現をすることはないと思いますが、一応、意見ないし論評の域を逸脱した表現に関する裁判例(東京地裁平成20年9月5日判決)を紹介しておきます。
東京地裁平成20年9月5日判決(出典:ウエストロー・ジャパン)
原告らを指して、執拗に「バカ」、「キチガイ」、「狂人」との表現を繰り返したり、「脳味噌にウジがわいたアホ」との表現をしたりしており、原告らを極端にひぼうし、やゆし、原告らの全人格を否定するもので、原告らに対する人身攻撃に及んでおり、前後の文脈等を検討しても、論評ないし意見としてこのような表現をとらなければならない必要性、合理性は全く認められないのであるから、原告らが東村山市議会議員という公職にあることや、本件書き込みが原告らの政治活動に対する批判を主眼とするものであることを考慮しても、意見ないし論評の域を逸脱したものということができる。
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