今回は、令和2年4月の改正民法(以下、単に「民法」といいます。)施行後に建物を賃貸する貸主の立場から、個人と連帯保証契約を締結する場合の注意点について検討します。
なお、「保証契約は、書面でしなければ、その効力が生じない。」(民法446条2項)という点は、改正前後で変わりませんので、その点の説明は省略しています。
■ はじめに(個人根保証契約とは)
賃貸人は、賃貸借契約から生ずる賃借人の一切の債務について、賃借人とは別の個人(非法人)に履行してもらうための保証契約を締結することがあります。
賃貸借契約から生ずる賃借人の一切の債務とは、将来発生する賃料や遅延損害金、違約金、その他損害賠償金等も含まれます。このように、一定の範囲の属する不特定の債務について保証する契約のことを根保証契約といいます。そして、根保証契約であり、かつ保証人が法人でないものを「個人根保証契約」といいます【※1】。
以下、個人根保証契約を締結する際の注意点を確認しておきます。
1 注意点1(極度額の定め)
個人根保証契約は、極度額を定めなければ、その効力が生じません【※1】(民法465条の2第2項)。保証契約は書面でしなければなりません(民法446条2項)ので、極度額はその書面に記載する必要があります。
そして、極度額は、保証契約締結時点で具体的に確定されていなければなりません。
仮に、保証契約締結時点において極度額が確定されていないと評価されると、当該個人根保証契約が無効となってしまう可能性があります。
そこで、極度額の記載の仕方としては、曖昧な表現(多義的な解釈が可能な表現)を避けるべきです。
「月額賃料の24か月分」という記載についてみると(月額賃料の額は改定される可能性もありますので)、例えば「契約時の月額賃料〇〇円の24か月分相当である金〇〇万円」というように金額も明示にしたほうがベターです。
2 注意点2(個人根保証契約の元本確定事由)
個人根保証契約は、①債権者(賃貸人)が保証人の財産について強制執行や担保権の実行を申し立てて当該手続の開始があったときや②保証人が破産手続開始の決定を受けたとき、あるいは③主債務者(賃借人)又は保証人が死亡したとき、元本が確定します【※2】(民法465条の4第1項)。
元本が確定すると、保証人は、その時点で現に生じている賃借人の債務(元本とこれに対する利息や遅延損害金等)についてのみ保証債務を負うことになります。つまり、それ以降に発生する賃料等の滞納(債務)については保証債務を負いません。
賃貸人側からすれば、個人根保証契約の元本確定事由が生じると、その後に発生する未払賃料等については保証の効力が及ばないことになります。そうすると、賃貸人としては、別の連帯保証人と新たに保証契約を締結したいはずです。
そこで、賃貸人としては、保証人に元本確定事由が生じた場合には、賃借人が直ちに別の連帯保証人(賃貸人が承諾する者)を選定しなければならない旨の特約を定めておいたほうがよいでしょう。
3 注意点3(事業用建物賃貸借である場合の賃借人から保証人への情報提供義務)
賃借人が事業のために建物を賃借しようとする場合で、保証人が個人である場合には民法465条の10【※3】の適用に注意する必要があります。
つまり、事業用建物賃貸借の賃借人が個人に保証を委託する場合、当該賃借人は、委託を受ける個人に対し、①賃借人の財産及び収支の状況、②賃貸借契約に基づく債務以外に負担している債務の状況等、及び③他の担保の提供の有無内容等の情報を提供する義務があります(民法465条の10第1項)。
この義務は賃貸人の義務ではありません。しかし、賃借人が情報を提供せず、又は虚偽の情報を提供した場合においては、保証人から保証契約の取消しを主張されるおそれがあります(民法465条の10第2項)。
そこで、賃貸人としては、賃借人及び保証人との契約締結に際し、民法465条の10第1項に掲げる事項の情報提供がなされていることを賃借人及び保証人の双方から表明してもらい、その旨を契約書に明記しておいたほうがよいでしょう。
4 注意点4(賃貸人から保証人への主債務履行状況等情報提供義務)
保証人が賃借人の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、賃貸人は、保証人に対し、遅滞なく、賃料等の支払状況や滞納額等に関する情報を提供しなければなりません【※4】(民法458条の2)。
ちなみに、この情報提供義務は、保証人が個人であるか法人あるかは関係ありません。
賃貸人の側からすれば、法律上当然に負う義務であるため、契約書に明記しておく必要もなさそうですが、賃借人に関係する情報(滞納情報等)を賃貸人から保証人に提供することがあり得ることを賃借人に認識しておいてもらうため、契約書に明記しておくことは考えられます。
また、賃貸人が特定の管理会社を通じて連帯保証人に情報提供することが想定されている場合には、その旨(つまり、民法458条の2の規定に基づく賃貸人から保証人に対する情報提供については、当該管理会社を通じて行うことがある旨)を契約書に明記しておくことも考えられます。
5 注意点5(連帯保証人に対する履行請求についての特約)
改正前民法下においては、連帯保証人に対する履行の請求は、主債務者(賃借人)にもその効力が及ぶもの(いわゆる絶対的効力)とされていました(改正前民法458条・434条)。
しかし、改正後の民法では、連帯保証人に対する履行の請求は、主債務者(賃借人)にはその効力が及ばないこと(いわゆる相対的効力)になりました【※5】(民法458条・441条)。
賃貸人の側からすれば、改正前のような絶対的効力が認められたほうが有利でしょう。
そこで、「賃貸人が連帯保証人に対して履行請求したときは、連帯保証人に対してもその請求の効力が及ぶ」旨の特約を定めておくことが考えられます。
■ さいごに
今回は、賃貸人の視点から、令和2年4月の改正民法施行後に連帯保証契約を締結する際の注意点を検討しました。
改正民法施行前(つまり令和2年3月31日まで)に締結されている連帯保証契約については、原則として改正前民法の規律が及びますので、この点は注意が必要です。
【※1】民法465条の2
(個人根保証契約の保証人の責任等)
第465条の2 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、主たる債務の元本、主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのもの及びその保証債務について約定された違約金又は損害賠償の額について、その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。
2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
3 第446条第2項及び第3項の規定は、個人根保証契約における第1項に規定する極度額の定めについて準用する。
【※2】民法465条の4
(個人根保証契約の元本の確定事由)
第465条の4 次に掲げる場合には、個人根保証契約における主たる債務の元本は、確定する。ただし、第一号に掲げる場合にあっては、強制執行又は担保権の実行の手続の開始があったときに限る。
一 債権者が、保証人の財産について、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき。
二 保証人が破産手続開始の決定を受けたとき。
三 主たる債務者又は保証人が死亡したとき。
2 前項に規定する場合のほか、個人貸金等根保証契約における主たる債務の元本は、次に掲げる場合にも確定する。ただし、第一号に掲げる場合にあっては、強制執行又は担保権の実行の手続の開始があったときに限る。
一 債権者が、主たる債務者の財産について、金銭の支払を目的とする債権についての強制執行又は担保権の実行を申し立てたとき。
二 主たる債務者が破産手続開始の決定を受けたとき。
【※3】民法465条の10
(契約締結時の情報の提供義務)
第465条の10 主たる債務者は、事業のために負担する債務を主たる債務とする保証又は主たる債務の範囲に事業のために負担する債務が含まれる根保証の委託をするときは、委託を受ける者に対し、次に掲げる事項に関する情報を提供しなければならない。
一 財産及び収支の状況
二 主たる債務以外に負担している債務の有無並びにその額及び履行状況
三 主たる債務の担保として他に提供し、又は提供しようとするものがあるときは、その旨及びその内容
2 主たる債務者が前項各号に掲げる事項に関して情報を提供せず、又は事実と異なる情報を提供したために委託を受けた者がその事項について誤認をし、それによって保証契約の申込み又はその承諾の意思表示をした場合において、主たる債務者がその事項に関して情報を提供せず又は事実と異なる情報を提供したことを債権者が知り又は知ることができたときは、保証人は、保証契約を取り消すことができる。
3 前二項の規定は、保証をする者が法人である場合には、適用しない。
【※4】民法458条の2
(主たる債務の履行状況に関する情報の提供義務)
第458条の2 保証人が主たる債務者の委託を受けて保証をした場合において、保証人の請求があったときは、債権者は、保証人に対し、遅滞なく、主たる債務の元本及び主たる債務に関する利息、違約金、損害賠償その他その債務に従たる全てのものについての不履行の有無並びにこれらの残額及びそのうち弁済期が到来しているものの額に関する情報を提供しなければならない。
【※5】民法458条・441条
(連帯保証人について生じた事由の効力)
第458条 第438条、第439条第1項、第440条及び第441条の規定は、主たる債務者と連帯して債務を負担する保証人について生じた事由について準用する。
(相対的効力の原則)
第441条 第438条、第439条第1項及び前条に規定する場合を除き、連帯債務者の一人について生じた事由は、他の連帯債務者に対してその効力を生じない。ただし、債権者及び他の連帯債務者の一人が別段の意思を表示したときは、当該他の連帯債務者に対する効力は、その意思に従う。
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