top of page
@lawyer.hiramatsu

使用者責任(民法715条)について

 今回は以下のような質問について検討します。

 当社はマンションの管理会社(Y社)です。当社(Y社)はマンション管理組合からの委託を受けて各種業務を行っています。当社(Y社)が受託している日常清掃業務の下請会社従業員(以下「清掃員」といいます。)が、理事長個人からの指示に基づいて、理事長と清掃員だけの判断で、区分所有者(Xさん)の名誉を毀損するような文書をマンションの居住者に配布してしまいした。
 Xさんは当社(Y社)に対して損害賠償金の支払を求めてきました。当社(Y社)と清掃員との間に雇用関係はありません。
 清掃員の行為について不法行為が成立するという前提で、当社(Y社)も責任を負うのでしょうか。

 

■ はじめに

 

 XさんからY社に対する損害賠償請求は、民法715条【※1】に基づく使用者責任を根拠とするものと思われます。

 そこで、以下においては、清掃員に不法行為責任(民法709条【※2】)が発生するという前提で、Y社に使用者責任が発生するのかという点について検討します。

 なお、実際には、理事長と清掃員との共同不法行為責任(民法719条【※3】)が考えられますが、本稿ではひとまず措きます。

 

 【※1】民法715条

(使用者等の責任)
第715条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

 

 【※2】民法709条

(不法行為による損害賠償)
第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

 【※3】民法719条

(共同不法行為者の責任)
第719条 数人が共同の不法行為によって他人に損害を加えたときは、各自が連帯してその損害を賠償する責任を負う。共同行為者のうちいずれの者がその損害を加えたかを知ることができないときも、同様とする。
2 行為者を教唆した者及び幇ほう助した者は、共同行為者とみなして、前項の規定を適用する。

 

■ Y社の使用者責任が認められるための要件

 

 Y社の使用者責任(民法715条)が認められるためには、清掃員の不法行為の要件(下記①~③)ほか、下記④及び⑤の要件を充たす必要があります。

 

 ① 清掃員の行為が、Xさんの権利ないし法律上保護される利益を侵害したこと

 ② 上記①について清掃員に故意又は過失があること

 ③ 上記①によりXさんに損害が発生したこと

 ④ 上記①の時、Y社と清掃員との間に使用関係が存在すること

 ⑤ 上記①の行為が、Y社の事業の執行についてなされた行為であること

  

■ ④の「使用関係」の要件

 

 上記④の使用関係については、雇用関係である必要はなく、実質的な指揮監督関係があれば足りると解されています(最判昭和41年7月21日、最判昭和45年2月12日等)ので、下請人の従業員の不法行為について、元請人に使用者責任が認められることもあり得ます。

 例えば、最判昭和45年2月12日は、「元請負人が下請負人に対し、工事上の指図をし、もしくはその監督のもとに工事を施行させ、その関係が使用者と被用者との関係またはこれと同視しうる場合において、下請負人の使用する第三者が下請工事自体、その附随的行為またはその延長もしくは外形上下請負人の事業の範囲内に含まれる行為によって他人に損害を加えたときは、右第三者に対し、直接または間接に元請負人の指揮監督関係が及んでいる場合にかぎり、右第三者の行為は元請負人の事業執行についてなされたものとして元請負人が右第三者の不法行為につき民法715条の責に任ずるものと解すべき」と判示しています。

 本件において、仮に、Y社から清掃員への実質的な指揮監督の関係があったとすれば、使用者責任の要件としての「使用関係」が肯定されることになります。

 なお、民法716条【※4】の規定があるからといって、民法715条の責任が否定されるわけではありません(大阪地判平成25年5月21日【※5】参照)。

 

 【※4】民法716条

第716条 注文者は、請負人がその仕事について第三者に加えた損害を賠償する責任を負わない。ただし、注文又は指図についてその注文者に過失があったときは、この限りでない。

 【※5】大阪地判平成25年5月21日の要旨

 請負人が下請けをさせた場合において、元請と下請との間に実質的な指揮監督の関係がある時は、元請は民法715条の規定により、下請がその施行について他人に加えた損害を賠償する責に任ずるところ、実質的な指揮監督の関係があるか否は、請負業務の施行・管理にあたって誰からどのような指示が出され、実際の作業現場において、誰のどのような指揮・監督が行われ、下請に対してどの程度の支配が及んでいたかということを具体的に検討して判断すべきものであり、当事者間の形式的な契約内容や、契約ないし契約上の立場を当事者がどのように呼称するか、というような事柄によって一義的に定まるものではない。
 「本件契約が請負契約であるから715条の適用はなく、716条によって責任がないことが明確にされている、あるいは独立した貨物運送であるから、貨物運送契約の一方当事者である依頼人に賠償責任がない等」という主張について、本件における715条、716条の適用判断の是非はそのような契約自体の形式・内容によって定まるものではないから、契約自体から直接に責任を否定しようという主張はいずれも失当である。
 もちろん、逆に、下請関係の存在のみをもって、下請が事業に際して行った行為の全てについて元請の事業に際して行ったものと同視できるわけではない。

 

■ ⑤の「Y社の事業の執行についてなされた行為」の要件

 

 上記⑤の「Y社の事業の執行についてなされた行為」の要件について検討します。

 本件においては、清掃員が文書をマンションの居住者に配布しているようですが、その文書の作成名義人や内容は定かではありません。

 実際には、事実関係を確認・検討する必要がありますが、抽象的にいえば、その文書の配布行為が、客観的外形的にみて、Y社の事業の範囲内に属するものであり、清掃員の職務の範囲内のものとみられる場合には、「Y社の事業の執行についてなされた行為」と認められると思われます(最判昭和40年11月30日【※6】参照)。

 他方、客観的外形的にみて、Y社の事業の範囲内に属するとはいえない場合または清掃員の職務の範囲内に属するということができない場合には、「Y社の事業の執行についてされた行為」とは認められないと思われます(なお、最判平成22年3月30日参照)。

 

 【※6】最判昭和40年11月30日

 民法715条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含するものと解すべきであり、このことは、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和32年7月16日第三小法廷判決、民集11巻7号1254頁、昭和36年6月9日第二小法廷判決、民集15巻6号1546頁)。これを被用者が取引行為のかたちでする加害行為についていえば、使用者の事業の施設、機構および事業運営の実情と被用者の当該行為の内容、手段等とを相関的に斟酌し、当該行為が、(い)被用者の分掌する職務と相当の関連性を有し、かつ、(ろ)被用者が使用者の名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状応に置かれているとみられる場合のごときも、被害者の保護を目的とする民法715条の法意ならびに前示判例の趣旨にかんがみ、外形上の職務行為に該当するものと解するのが相当である。けだし、(い)にいう本来の職務との間に相当の関連性を有することは、当該行為が被用者の職務の範囲内に属するものと思料される契機となりうることは疑いがなく、しかも、被用者の権限外の行為に対し使用者の支配がおよびうるにかかわらず、(ろ)のごとくこれを容易に行いうる客観的状態が事業の施設機構等に存するときは、被用者の行為がその職務の範囲内に属するものとの外観をもたらすのが通常の事態であると認められるからである。

 

■ おわりに

 

 従業員の行為が使用者の事業の執行についてなされたものとは認められなかった裁判例として、東京地判平成13年3月29日【※7】があります。

 この事案は、マンション区分所有者が、マンション管理組合の発行した組合ニュース等の文書によって名誉を毀損されたと主張して、発行主体の組合役員らのほか、マンション管理会社及びその従業員に対して損害賠償金の支払を求めたものです。

 東京地裁は、発行主体の組合役員らと管理会社従業員の損害賠償責任(共同不法行為)を認めた一方、管理会社の責任については否定しました。

 本件(ご質問のケース)においても、その事実関係によっては、Y社の責任が否定されることはあり得るでしょう(もちろん、事実関係によってはY社の責任が肯定されることもあります)。

 

 【※7】東京地判平成13年3月29日の要旨

 被告(管理会社)にあっては、本件文書の作成や配布等について、その余の被告らとの間において、具体的な共同関係になく、また、本件文書の作成は、被告(従業員)が被告(区分所有者)らから個人的に頼まれたものと看て取れるところであって、使用者責任を問う前提となる事業の執行性は認められないから、被告会社の責任を問うことはできない。

 

 

 

最新記事

すべて表示

漏水等の事故による損害賠償請求の損害額認定について

■ はじめに  漏水トラブル(土地工作物責任)による損害賠償(金銭賠償の原則)については、 2023年2月5日付の記事 で簡単に触れていますが、実際の事件(事故)における損害額の認定は容易ではありません。  損害が生じたこと自体に争いがない場合でも、その損害額に関しては、被...

マンション共用部分の工作物責任(管理組合の占有者該当性)について

■ はじめに 工作物責任(民法717条1項)との関係におけるマンション共用部分の占有者については、2021年12月26日付の記事で裁判所の判断の傾向を紹介しました。 区分所有者全員が「占有者」として賠償責任を負うべき場合、その賠償責任の履行について、規約の定め又は集会の決議...

マンションの共用部分の工作物責任に基づく損害賠償金の支払について

今回は以下のような相談(「本件」といいます。)について検討します。 マンション共用部分からの漏水(設置・保存に欠陥があったことが原因)により、一人の区分所有者に損害を生じさせた場合、その賠償金の支払を管理組合会計(例えば管理費会計)から支出することはできますか。 ■ 結論...

Comments


bottom of page