今回は、以下のようなご質問について検討します。
当マンションには管理費等の滞納者がいます。滞納期間が4年11か月であるとして、その時点で1か月分の管理費等の支払がなされたとします。この一部弁済によって、全ての滞納管理費等の消滅時効が更新(改正民法152条)【※1】されるのでしょうか。
【※1】改正民法152条
(承認による時効の更新)
第152条 時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。
2 前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。
【※2】改正前の民法147条
(時効の中断事由)
第147条 時効は、次に掲げる事由によって中断する。
一 請求
二 差押え、仮差押え又は仮処分
三 承認
■ はじめに
①現在を2023年5月29日(月曜日)であるとし、②管理費等の支払期限は、管理規約上、毎月「27日」となっているものとし、③2018年6月27日支払期限分以降の管理費等が未納になっているという前提で検討します。
管理費等の消滅時効期間は5年(最高裁平成16年4月23日判決)ということになりますので、2023年6月27日が経過すると、滞納者から、「2018年6月27日支払期限分の管理費等」の時効を「援用」(改正前民法145条【※3】)される可能性があります(平成29年法律第44号の附則10条1項【※5】)。
そのような前提で、2023年5月29日(月曜日)に滞納者から1か月分だけの管理費等が支払われてきた場合、その支払が、それまでの「全ての滞納管理費等」についての「承認」(改正民法152条【※1】)【注】に該当するのでしょうか。これがご質問の趣旨だと思います。
【※3】改正前の民法145条
(時効の援用)
第145条 時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
【※4】改正民法145条
(時効の援用)
第145条 時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
【※5】平成29年法律第44号の附則10条
(時効に関する経過措置)
第10条 施行日前に債権が生じた場合(施行日以後に債権が生じた場合であって、その原因である法律行為が施行日前にされたときを含む。以下同じ。)におけるその債権の消滅時効の援用については、新法第145条の規定にかかわらず、なお従前の例による。
2 施行日前に旧法第147条に規定する時効の中断の事由又は旧法第158条から第161条までに規定する時効の停止の事由が生じた場合におけるこれらの事由の効力については、なお従前の例による。
3 新法第151条の規定は、施行日前に権利についての協議を行う旨の合意が書面でされた場合(その合意の内容を記録した電磁的記録(新法第151条第4項に規定する電磁的記録をいう。附則第33条第2項において同じ。)によってされた場合を含む。)におけるその合意については、適用しない。
4 施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。
【注】
平成29年法律第44号による改正後の民法は2020年4月1日から施行されています。施行日以後に生じた時効の更新・完成猶予の事由に関しては改正民法が適用されます。施行日前に時効の中断・停止の事由が生じている場合は改正前民法が適用されます(平成29年法律第44号の附則10条2項・3項)。
施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例によることになります(平成29年法律第44号の附則10条4項)。
■ 検討
「承認」とは、時効の利益を受ける者が、時効によって権利を失う者に対して、その権利の存在することを知っている旨を表示すること(いわゆる観念の通知)であるといわれています。債務者の行為が、時効の更新事由【※1】としての「承認」に該当するかどうかは、当該行為の解釈(評価)が影響してきます。
参考として二つの裁判例(【東京地裁平成21年12月25日判決】と【最高裁令和2年12月15日判決】)を紹介しておきます。いずれも平成29年法律第44号による改正前の民法147条3号の「承認」【※2】に関する判断ですが、改正民法152条の「承認」の解釈においても参考となります。
【東京地裁平成21年12月25日判決】(出典:ウエストロー・ジャパン)
債務の承認が時効中断事由とされるのは、債務者の債務の存在に関する認識表明により、債権者と債務者との間で債権の存在が明らかになったことによるものであるとともに、その認識表明により、債務者側として弁済に関する証拠資料保全の認識も明確になるからである。そうなると、債務の承認があったといえるには、債務者である被告がいかなる債務が存在しているのかを了解したうえで、承認がされなければならない。
【最高裁令和2年12月15日判決】(出典:裁判所の裁判例情報)
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは、当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である(大審院昭和13年(オ)第222号同年6月25日判決・大審院判決全集5輯14号4頁参照)。なぜなら、上記の場合、借主は、自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるからである。
■ まとめ
滞納者が、その滞納している「4年11か月分の管理費等」の一部として支払ってきたことが明確であれば、その全ての滞納管理費等についての時効が更新(改正民法152条)されます。
滞納者の支払がどういう趣旨か定かでない場合には問題となります。【最高裁令和2年12月15日判決】が説示しているような「特段の事情」の有無が争点となり得るでしょうし、「特段の事情」があるとして「承認」には該当しないという結論もあり得るでしょう。
そのため、まずは(ご質問のケースは滞納期間が4年11か月ということですから)、問題(リスク)を避けるためにも「裁判上の請求」等(改正民法147条【※6】)、少なくとも催告(改正民法150条【※7】)の措置を講じたほうがよいでしょう。
【※6】改正民法147条
第147条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から6箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 裁判上の請求
二 支払督促
三 民事訴訟法第275条第1項の和解又は民事調停法(昭和26年法律第222号)若しくは家事事件手続法(平成23年法律第52号)による調停
四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加
2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。
【※7】改正民法150条
(催告による時効の完成猶予)
第150条 催告があったときは、その時から6箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
2 催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。
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