今回は、以下のような設例について検討します。
私(X)は、マンションの一室(「本件建物」といいます。)をAさんから購入し、所有権移転登記も完了しました。その際、マンションの敷地については全て敷地権の登記がなされていると思っていました。
数か月後、規約敷地となっていた1筆の土地(「本件土地」といいます。)については敷地権である旨の登記がなされていなかったことが判明しました。
本件建物に係る本件土地の共有持分の名義人を確認すると、前区分所有者Aさんではなく、その前の区分所有者(Bさん)の、さらに前の区分所有者(Yさん)の名義となっていました。
つまり、本件建物は、YさんからBさんへ譲渡され、その後、BさんからAさんへ、そして、Aさんから私(X)へと譲渡されていますが、本件土地の持分についてはYさん名義のままとなっています。
BさんやAさんは、「Yさんと交渉するつもりはなく、Yさんに対し裁判するつもりもないが、私(X)には協力する。」と言っています。
このような場合、私(X)が、Yさんに対し裁判することは可能でしょうか。
■ はじめに
上記設例における本件建物の所有権の流れは、「Yさん」→「Bさん」→「Aさん」→「Xさん」となっています。本件土地は、規約敷地すなわち区分所有法5条1項【※1】の規定により建物の敷地とされた土地に該当するようです。
上記設例によれば、本件土地の問題については、BさんやAさんは積極的に行動しないようです。
そのような前提で、Xさんが取り得る法的手段について検討してみます。
【※1】区分所有法5条1項
(規約による建物の敷地)
第5条 区分所有者が建物及び建物が所在する土地と一体として管理又は使用をする庭、通路その他の土地は、規約により建物の敷地とすることができる。
2(略)
■ 本件土地(規約敷地)について
区分所有法2条6項が定める「敷地利用権」とは、法定敷地と規約敷地の双方を含む敷地に関する権利をいいますので、本件土地についても区分所有法22条【※2】や23条【※3】が適用されます。
そうすると、区分所有者は、その有する専有部分とその専有部分に係る敷地利用権とを分離して処分することはできないのが原則です(区分所有法22条1項本文【※2】)。例外は、規約に別段の定めがあるときです(区分所有法22条1項ただし書【※2】)。
そこで、本件マンションの管理規約の定めを確認する必要があります。
おそらく、本件マンションの管理規約には原則的なこと(例えば、区分所有者は、専有部分と敷地及び共用部分等の共有持分を分離して処分してはならない旨)が定められていると思われます。
そうすると、原則どおり、専有部分と敷地利用権とを分離して処分することはできませんので、本件建物とそれに係る本件土地の共有持分とを分離して処分することはできません。
分離処分禁止の原則をもとに本件建物の取引当事者の合理的意思を解釈すると、本件建物の譲渡(処分)は、本件建物に係る敷地利用権の譲渡(処分)も含んでいる(取引対象となっている)と解されます。
そのため、以下に述べるような理論構成が可能です。
【※2】区分所有法22条
(分離処分の禁止)
第22条 敷地利用権が数人で有する所有権その他の権利である場合には、区分所有者は、その有する専有部分とその専有部分に係る敷地利用権とを分離して処分することができない。ただし、規約に別段の定めがあるときは、この限りでない。
2 前項本文の場合において、区分所有者が数個の専有部分を所有するときは、各専有部分に係る敷地利用権の割合は、第14条第1項から第3項までに定める割合による。ただし、規約でこの割合と異なる割合が定められているときは、その割合による。
3 前2項の規定は、建物の専有部分の全部を所有する者の敷地利用権が単独で有する所有権その他の権利である場合に準用する。
【※3】区分所有法23条
(分離処分の無効の主張の制限)
第23条 前条第1項本文(同条第3項において準用する場合を含む。)の規定に違反する専有部分又は敷地利用権の処分については、その無効を善意の相手方に主張することができない。ただし、不動産登記法(平成16年法律第123号)の定めるところにより分離して処分することができない専有部分及び敷地利用権であることを登記した後に、その処分がされたときは、この限りでない。
■ 理論構成(関係当事者間の法律関係)
1 YさんとBさんの関係
Yさんは、本件建物とその専有部分に係る敷地利用権をBさんに譲渡(売買)しているといえますので、実体法上、本件土地の持分も、YさんからBさんに移転しているといえます。
そのため、Bさんは、Yさんに対し、当該売買を原因として、本件土地の持分の移転登記手続請求権を有しているといえます(民法560条【※4】参照)。
【※4】民法560条
(権利移転の対抗要件に係る売主の義務)
第560条 売主は、買主に対し、登記、登録その他の売買の目的である権利の移転についての対抗要件を備えさせる義務を負う。
2 BさんとAさんの関係
その後、Bさんは、Aさんに対し、本件建物を譲渡(売買)していますので、これにより、その専有部分に係る敷地利用権もBさんからAさんに移転しており、つまり、本件土地の持分も、BさんからAさんに移転しているといえます。
そのため、Aさんは、Bさんに対し、当該売買を原因として、本件土地の持分の移転登記手続請求権を有しているといえます。
3 AさんとYさんの関係(債権者代位権)
上記2を前提として、Aさんは、民法423条の7【※5】の規定に基づき、Bさんの債権者として、Bさんに代位して、Yさんに対し、本件土地の持分をYさんからBさんに移転登記手続するよう求めることができます。
【※5】民法423条の7
(登記又は登録の請求権を保全するための債権者代位権)
第423条の7 登記又は登録をしなければ権利の得喪及び変更を第三者に対抗することができない財産を譲り受けた者は、その譲渡人が第三者に対して有する登記手続又は登録手続をすべきことを請求する権利を行使しないときは、その権利を行使することができる。この場合においては、前3条の規定を準用する。
【※6】民法423条の4~6
(相手方の抗弁)
第423条の4 債権者が被代位権利を行使したときは、相手方は、債務者に対して主張することができる抗弁をもって、債権者に対抗することができる。
(債務者の取立てその他の処分の権限等)
第423条の5 債権者が被代位権利を行使した場合であっても、債務者は、被代位権利について、自ら取立てその他の処分をすることを妨げられない。この場合においては、相手方も、被代位権利について、債務者に対して履行をすることを妨げられない。
(被代位権利の行使に係る訴えを提起した場合の訴訟告知)
第423条の6 債権者は、被代位権利の行使に係る訴えを提起したときは、遅滞なく、債務者に対し、訴訟告知をしなければならない。
4 AさんとXさんの関係
Aさんは、Xさんに対し、本件建物を譲渡(売買)していますので、これにより、その専有部分に係る敷地利用権も、AさんからXさんに移転しており、つまり、本件土地の持分も、AさんからXさんに移転しているといえます。
そのため、Xさんは、Aさんに対し、当該売買を原因として、本件土地の持分の移転登記手続請求権を有しているといえます。
5 XさんとBさんの関係(債権者代位権)
上記2、4を前提として、Xさんは、民法423条の7【※5】の規定に基づき、Aさんの債権者として、Aさんに代位して、Bさんに対し、本件土地の持分をBさんからAさんに移転登記手続するよう求めることができます。
6 XさんとYさんの関係(債権者代位権の代位行使)
上記4のとおり、XさんはAさんの債権者です。
そして、上記3のとおり、Aさんは、Yさんに対し、本件土地の持分をYさんからBさんに移転登記手続するよう求めることができます。
そこで、Xさんは、Aさんの債権者として、Aさんに代位して、Aさんが行使しうる債権者代位権(本件土地の持分をYさんからBさんに移転登記手続するよう求める請求権)を代位行使することが可能と解されます(最高裁昭和39年4月17日判決参照)。
■ 本件のXさんが取り得る裁判上の請求
1 Xさんとしては前記のような請求権を有していますので、Aさん、Bさん及びYさんを被告として訴訟提起することも可能です。
具体的には、①前記6で述べたように、Aさんの債権者代位権を代位行使して、YさんからBさんへの持分移転登記手続を求め(この関係でYさんが被告となります。)、②前記5で述べたように、Aさんの債権者として、AさんがBさんに対して有する請求権を行使して、BさんからAさんへの持分移転登記手続を求め(この関係でBさんが被告となります。)、③前記4で述べたように、Xさん自身がAさんに対して有する請求権を行使して、AさんからXさんへの持分移転登記手続を求める(この関係でAさんが被告となります。)ことが可能であり、それを一つの訴訟で請求することも可能です。
そのすべての請求について認容判決(確定判決)を得ることで、Xさんは、YさんからBさん、BさんからAさん、AさんからXさんへの持分移転登記手続を実現することが可能となります(不動産登記法63条1項・59条七号【※7】、不動産登記令3条四号・7条1項三号【※8】)。
2 仮にBさんの名義になりさえすれば、あとは関係者(Bさん、Aさん、Xさん)の話し合いで解決するということであれば、前記の6の請求、つまりXさんからYさんに対する訴訟だけを提起し、YさんからBさんへの売買を原因とする本件土地の持分の移転登記手続を求めることも可能でしょう。ただし、その場合には、AさんとBさんに対し訴訟告知する必要があります(民法423条の6【※6】)。
その請求について認容判決(確定判決)を得ることで、Xさんは、YさんからBさんへの持分移転登記手続を実現することが可能となります(不動産登記法63条1項・59条七号【※7】、不動産登記令3条四号・7条1項三号【※8】)。
【※7】不動産登記法63条1項、59条七号
(判決による登記等)
第63条 第60条、第65条又は第89条第1項(同条第2項(第95条第2項において準用する場合を含む。)及び第95条第2項において準用する場合を含む。)の規定にかかわらず、これらの規定により申請を共同してしなければならない者の一方に登記手続をすべきことを命ずる確定判決による登記は、当該申請を共同してしなければならない者の他方が単独で申請することができる。
2(略)
3(略)
(権利に関する登記の登記事項)
第59条 権利に関する登記の登記事項は、次のとおりとする。
一~六(略)
七 民法第423条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請した者(以下「代位者」という。)があるときは、当該代位者の氏名又は名称及び住所並びに代位原因
八(略)
【※8】不動産登記令3条四号、7条1項三号
(申請情報)
第3条 登記の申請をする場合に登記所に提供しなければならない法第十八条の申請情報の内容は、次に掲げる事項とする。
一~三(略)
四 民法(明治29年法律第89号)第423条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請するときは、申請人が代位者である旨、当該他人の氏名又は名称及び住所並びに代位原因
五~十三(略)
(添付情報)
第7条 登記の申請をする場合には、次に掲げる情報をその申請情報と併せて登記所に提供しなければならない。
一~二(略)
三 民法第423条その他の法令の規定により他人に代わって登記を申請するときは、代位原因を証する情報
四~六(略)
2(略)
3(略)
■ さいごに
本件建物には敷地権の登記(不動産登記法44条1項九号【※9】)はなされておらず、本件土地にも敷地権である旨の登記(不動産登記法46条、73条1項本文参照【※10】)はありません。
そのため、区分所有法23条本文【※2】の適用があることには注意が必要です。
つまり、本件土地の共有持分が、Yさんから善意の第三者に譲渡されてしまうと、Xさんとしては、その譲渡の無効を善意の第三者に主張することができなくなります。
ここで「善意」とは、例えば、第三者がマンションの敷地であることを知らなかった場合(本件においては規約敷地となっていることを知らなかった場合)が該当すると考えられます。
このような善意の第三者に本件土地の持分が譲渡(処分)されてしまうと、XさんがYさんに対する勝訴判決を得ても、Xさんの権利を実現することできません。
そこで、Xさんとしては、Xさんの権利の実現を保全するために、本件土地の持分についての処分禁止の仮処分手続(その旨の登記)を経ておくべきと思われます。
設例のようなケースにおいては、Xさんとしては早めに弁護士に相談(依頼)されたほうがよいと思われます。
【※9】不動産登記法44条1項九号
(建物の表示に関する登記の登記事項)
第44条 建物の表示に関する登記の登記事項は、第27条各号に掲げるもののほか、次のとおりとする。
(略)
九 建物又は附属建物が区分建物である場合において、当該区分建物について区分所有法第2条第6項に規定する敷地利用権(登記されたものに限る。)であって、区分所有法第22条第1項本文(同条第3項において準用する場合を含む。)の規定により区分所有者の有する専有部分と分離して処分することができないもの(以下「敷地権」という。)があるときは、その敷地権
2(略)
【※10】不動産登記法46条、73条1項
(敷地権である旨の登記)
第46条 登記官は、表示に関する登記のうち、区分建物に関する敷地権について表題部に最初に登記をするときは、当該敷地権の目的である土地の登記記録について、職権で、当該登記記録中の所有権、地上権その他の権利が敷地権である旨の登記をしなければならない。
(敷地権付き区分建物に関する登記等)
第73条 敷地権付き区分建物についての所有権又は担保権(一般の先取特権、質権又は抵当権をいう。以下この条において同じ。)に係る権利に関する登記は、第46条の規定により敷地権である旨の登記をした土地の敷地権についてされた登記としての効力を有する。ただし、(以下略)
Comentarios